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猫と漢字

  娘の一家が旅行に行ったので留守番をしている。syuusyuu模試を広げると猫が傍らで付き添ってくれる。私が留守番と分かるのか大人しいもので餌をねだったり甘えたりしない。猫はけっこう空気を読めるのかもしれない。

20180829_猫

  
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syuusyuu模試再開

  10日ぶりに漢字検定の模試を広げた。体力が回復していないので2回分やって終わりにした。10日くらいのお休みだとそれほど忘れてはいないようである。

180827_syuusyuu模試

入院しました 退院しました

  1週間ほど入院して昨日退院した。原因は、薬にあったかもと思う。薬が抜けて来るにしたがって良くなってきた。今はややふらつくもののほぼ回復している。

  苦しい時は、帰宅したら 「鎌倉ものがたり」 「一路」 をゆっくり読もう、と考えていた。漢字検定を頑張ろう、なんて露ほども思わなかった。漢字検定は体力気力が充実している時のみ頑張れるんだと理解した。


  病室は4階だったので窓から壮大な富士山や秩父連山が見えた。写真の富士山はショボいけど実物は立派だった。

180825_富士山1


  台風の来る日?は、「くじら雲」 が見えた。

180825_くじら雲

  病院は、病室やベッドに名札がなかった。私自身を証明するのは手首につけたバーコードの名札のみ。朝・午前・午後の体温、血圧、脈の検査の際はバーコードにタッチして記録していた。

180825_コードネーム

  病院の最後の食事。美味しくいただいて完食。食後 給食関係の方にお礼のメモを残した。

180825_食事

  一時は、凄く悪かったので回復したことを感謝している。まだお粥や柔らかく煮たおかずが殆どだけど少しづつ普通食になりつつある。

羽生道の駅2

  日光脇往還(にっこうわきおうかん)は、江戸時代に鴻巣の追分まで、中山道と街道を同じくし、ここで分岐し袋村(埼玉県吹上町)・行田・上新郷(埼玉県羽生市)・利根川を川俣の渡しで越え、館林・佐野・栃木・今市と経て日光街道に合流する街道である。またの名は「日光裏街道」。 ウィキペディアフリー百科事典より

20180818_日光脇往還

  江戸時代の旅人は、早朝に江戸を旅だって当日中に鴻巣宿に着いて宿泊したという。江戸から鴻巣、鴻巣から日光までが地図上では同じ距離に見えるので健脚な人は2日で江戸から日光まで行ったかもしれない。普通の人は3日で江戸から日光へ旅したんでしょうね。現代の私たちから見ると江戸時代の旅人は全員が忍者レベルです。  

埼玉水族館と道の駅へ行ってきた

  孫の宿題を調べるために羽生市のさいたま水族館へ行った。子ども連れで館内も外の鯉の池も混んでいた。

180817_水族館1


  水中で虫を捕まえる食虫植物 「ムジナモ」 について調べた。捕虫器で虫を捕まえて栄養にしているという。

180817_ムジナモ



  その後、国道122号線の県境にある 「羽生道の駅」 に寄った。「ああ上野駅」 の歌を聴いて孫の写真を撮影。左の橋は、埼玉県羽生市上新郷(かみしんごう)と 群馬県邑楽郡明和町川俣とを結ぶ 「昭和橋」。中央に小高く見える山は、日光男体山。

180817_道の駅1

  東武鉄道の鉄道橋の向うに見えるのは筑波山。左に利根川の水面が見える。

180817_道の駅2

  江戸時代から交通の要所で 「川俣の関所跡」 の碑も近くにある。「入鉄砲に出女」 を厳しく取り締まった。江戸幕府は、東北の大名の侵略から江戸を守るために橋を懸けさせなかったので 旅人は渡し舟で対岸に渡った。増水して川止めの際は、何日も泊まったんでしょうね。羽生市上新郷地区は、道の両側にずらっと家が並んでいます。宿場街として栄えて来た歴史が偲ばれます。
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