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老眼に負けないよ

腕時計が止まってしまった。裏ブタを開けてボタン電池の製品番号を見ようとしたけれど小さすぎて見えない。虫眼鏡で見たけど見えない。姑が使っていた大型の虫眼鏡でも見えない。カメラでレンズのふちがくっついている状態で撮影してパソコンで表示させたら読み取れた。ケーズデンキにボタン電池を買いに行った。

ついでに 2層式のDVDメディアを買おうと店員に声をかけた。Windows10の新バージョン 『21H1』 を焼くためである。
「1枚入りでいいんですけど。」
「1枚入りはなくて5枚入りからなんですけど。」
「5枚なんて使わないからUSBメモリ8GBにするよ。」

8GBはなくて16GBからだった。ちょうどUSBメモリーも欲しかったので購入した。


Windows10の新バージョン 『21H1』 は5月18日にリリースされてすでにWindowsUpDateで提供が始まっている。昨日ダウンロードしてサイズを見たら4.25GBである。DVDは4.7GBまでなのでDVDを入れたら焼けた。そういうわけで2層のDVD-RもUSBメモリーも不要だったけどUSBメモリーはデスクトップの散らかっているファイルをバックアップする必要を感じたので購入した。

ちゃんと保存したいファイルはDドライブに保存するけどたいていはデスクトップにちょいと置いてしまう。デスクトップのファイルを自動でUSBにバックアップを取れるか研究してみることにする。

パソコンの故障はいつやってくるかわからない。突然起動しなくなることもある。私の場合、台所のノートパソコンですぐに代用できるし 『裸族の頭』 でSSDからデータを取り出すことができる。突然起動しなくなっても慌てることはない。


腕時計のバンドがボロボロで表面の加工が剝げ落ちている。ホームセンターで安くても1000円はする。この時計は、確か1580円で買ったような。ボタン電池310円 ベルト1000円で使えるようにはなるけど買った値段とトントンになってしまう。私は 修理して使えるものは修理してとことん使い倒したいので 『何だかなー、こんな世の中でいいのか?』 と釈然としない気持ちになってしまう。

極端なのは、パソコンである。発売から10年も経つとハードとOSを含むソフトと通信インフラが変わってしまって使い続けるのが出来なくなってしまう。私のパソコンのCPUは2013年の発売でインターネットを見るくらいは不自由はないけれどせいぜい後2年くらいで使うのが厳しくなってくると思う。かといって出来立てのほやほやのパソコンを買っても高性能すぎて私が使うにはもったいない。

それに引き換え車の寿命は、はるかに長い。10万キロまでは大きな故障はなく乗れるし交換パーツさえあれば修理して続けて乗ることができる。パソコンは、仕様上それが無理で使い捨ての機器ということになる。「モノにも命や寿命がある。」 と思っている私は嘆くばかり・・・と言いながらも 次はどんなデスクトップパソコンを買おうかなとネットのカタログを見ているんだから矛盾も矛盾・・・自分でも今後どうなるかは分からない。



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女性版田舎教師

姑の人生は、田山花袋の 『田舎教師』以上のネタに満ちている。

姑自身は、教師の夫と結婚して一子を儲け夫が結核で亡くなると その弟と結婚して一子を儲け逆縁の夫は戦死という苦労を絵にかいたような人生だった。

姑の舅は、『頭師(かしらし)』。雛人形の頭を作る職人だった。昔の職人の日常は興味深いものだった。

20201107_雛人形

例えば食事は立膝で1~2分というスピードで食べた。奉公時代の習慣である。ご飯を噛んで食べているとお替りを食べられない。噛まないで啜りこんで2杯目3杯目を食べるという。早飯早糞早仕度で職人の中の出世頭だった。

村一番の金持ちだったが新円切り替えでほぼ無一文になった。村一番は決して大袈裟ではない。頭師は、人形職人の中で一番収入があったそうである。戦争中に60歳で亡くなっているので生涯働いた財産を失うという悲嘆はなかった。一財産成したという満足感で逝ったことでしょう。

長男を師範学校に入れて教師にして 次男は、役場に勤めさせた。
子ども同様、孫差別も酷いもので夫である孫は目に入れても痛くない程の可愛がり様でいつもニコニコと見ていた。夫の弟は、そばに寄るのさえ嫌がってあからさまに不快な表情をしたそうな。跡取りのみ大事という価値観は、極端な話ではなく日常にあった。


姑の周辺の教師も個性豊かで絵になる人物ばかり。
逮捕者こそいなかったものの 『不倫』 『卓越した手腕の校長』 『行方不明の先生』 『自殺未遂の先生』 『パワハラで退職に追い込む』 等、守秘義務満載。話を聴いたときは、登場人物が皆生きていたので私自身は守秘義務に触れるようなことはしていない。墓場まで持って行く。

小説に書いたら長野県を舞台にした連続テレビ小説 『おひさま』 以上のストーリーが描ける。でも売れない。『おひさま』は、『希望と明るさ』に満ちている。姑のは 『絶望と暗さ』 に満ちている。

数日後に 姑の3回忌が来る。亡くなってさえ強烈な 『絶望と暗さ』 を放っている。呑み込まれないように頑張っている。

抗うつ剤・睡眠薬から自分を守る

しばらく前のことである。
教師をしているTさんは、学年主任で月に1度の学年だよりの作り方を習いに来ていた。彼女との日常会話からは、しっかりしたいい先生と思われた。パソコンは、習得は無理で結局私が作製していた。彼女は、鬱で通院していて心の余裕がなかった。新しいことを覚える集中力や意欲もなくなっていた。

当時、鬱の薬を飲みながら働いていたが現在は退職している。退職後に電話をかけてきたが少し話しただけでも不安定さが伝わってきた。

 『上の子は、学生時代になんのスポーツをしていて国体に出場して優秀な成績を上げて結果一流企業のどこそこにスポーツがらみで就職して・・・』『下の子は、どこの大学を卒業して・・・』 

本人の立場にしてみれば間違っていないのだが微に入り細に入り子どもの自慢話を延々と話し続けるのはおかしい。自身の話は、皆無だった。自己肯定感がゼロどころかマイナスに触れてしまったみたい。子どもの存在だけが彼女の生きる支えのように感じた。

私のところに通っているときに 
『主人が子どもが大学を卒業するまで頑張ってくれっていうのよ。』
と言っていた。子どもの学費のために病気を押して働いていた。

精神科の医師のことは
『すごくいい先生でね。休職の書類はいつでも書いてあげるよ。大丈夫だからね、と言ってくれて本当に優しいいい先生なの。』
といつも感謝の言葉を口にしていた。

当時、会話は普通でおかしいところは無かった。

どうすればよかったのか?
彼女は仕事を諦めて退職して療養すればよかったと思う。退職金をそっくり大学の学費と生活費に回せば経済的に何とかなった筈。老後の生活は、年金がある。私に今ほどの知識があればアドバイスできたか?・・・できたかな?他人の心情に干渉するのは難しい。


私は、2年前の夏 鬱と思われる症状になった。医者にかかる前にネットで鬱について調べた。調べている最中や医者に行くまでの予約の待ち時間は辛かったが、安易に薬に頼るべきではないと理解したので待てた。

鬱について調べる中で鬱よりも怖いのが 『薬に依存が発生する』 ということだった。鬱の薬の依存は、アル中や覚せい剤中毒よりもはるかにきついと書かれていた。

私の場合、初めての予約時に受付の女性に
『お宅の先生は、漢方薬を出しますか?』
と質問して
『出します。』
ということだったので現在の医者に通うようになった。

私の病状を話したら 軽い鬱状態とのことで抗うつ剤を処方してくれるということになった。私は、
『ネットで鬱の薬のリスクを読んだので抗うつ剤は欲しくない。1か月だけ漢方でやってみたい。1か月しても良くならなかったら抗うつ剤を飲むことを考えたい。』
と言った。当然医師は、少々感情を害したようだったが適当と思われる漢方薬を処方してくれた。この薬は絶対依存になることはありませんから、と頓服として精神安定剤も出してくれた。精神安定剤は飲まなかった。

1か月飲んだらフッと頭痛が消えた。不眠があったので、9~12月までロゼレムという新しいタイプの睡眠薬を3分の一にカットして毎晩飲んだ。1月は、4分の一カットを1週間、6分の一、8分の一に減らして最後は8分の一を一日おき二日おき三日おき 1月の末には完全に断薬した。

無理に断薬したので眠れない夜もあったが翌日よく眠れたので良しとして再び睡眠薬を飲むことは無かった。医者は眠れないというと簡単に睡眠薬を処方してくれる。私は、飲む前から怖さを知っていたのでなるべく早く止めようと決心していた。

その辺の経緯は、下記の28番に投稿した。興味がなくても読んで欲しい。精神科の薬から自分を守るのは自分自身である。
http://www.truthaboutpsychiatry.net/readerscomments.html

『鬱』 闘病体験

http://www.truthaboutpsychiatry.net/readerscomments.html

2年前の夏、激しい胃炎になって1週間ほど入院しました。点滴で良くなって退院しましたが退院後に 『鬱』 症状が出てきたのです。病気の話なので、不快な内容があります。28番が私の記載です。

自分自身や家族が 『鬱』 気味かもしれないと感じている方は、必読です。精神科の病院にかかる際の知識としてたいへん有用です。


http://mindfulness.jp/kunou/fl-josei/98-otonasi.htm

こちらは音無美紀子さんの体験。7~8か月つらい状態が続いたが医者に掛からず治癒したとのこと。精神科の薬中毒から免れて本当に良かったと思います。

ただし、『鬱』 の症状として自殺願望があります。ある日 突発的に自殺することがあります。誰でも病院に掛らずに治すのが最適とは思いません。音無さんは、たまたま自殺の神様に取りつかれなかっただけだと思います。


『ベンゾジアゼピン 依存』 で検索してみてください。薬の依存についての基礎知識が得られます。何が何でも拒否ということではなく激しい症状を抑える一時的な処置として必要な場合もあるでしょう。自分の心と体を守るのは自分自身だと自覚して精神科の力を借りるのが重要です。

母の誕生日

今日7月1日は、母の97歳の誕生日。認知症で特別養護老人ホームで世話になっている。

ホームのイベントで大勢の人が集まっているのを見て
『ここのホームは、私にだけ意地悪をして何も知らせてくれない。今日は何があるんだい。』
『クリスマス会だよ。家族が来て踊りを見たり会食をしたりするんだよ。』
『そうかい。』

30秒くらいたつと同じ会話をする。年に数回のことだから丁寧に答えているけど日常 延々とやられたら介護者が参ってしまう。

スイッチが入ると
『何も分からなくなっちゃった。』
とサメザメと泣く。

母は、何度も危篤状態になったが其の度に持ち直した。最後の危篤の際は、特に手当をしないで臨終を見守っていたけど目を覚まして
『あれ、何でみんながいるの?』
と周りを見回した。

母が生きているのはホームの手厚い介護のおかげだ。ホームの方角に手を合わせて心からの感謝をした。
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