笑い

  今の私にいちばん必要なのは、「笑い。」
  姑をホームに入れる前は、重度の鬱だった。自分で 「鬱気味だな~。」 とは思っていたが重度とまでは感じていなかった。長い間 一緒に暮らしていると姑の考えていることは良く分かる。感情も理解できた。今 「重度」 が付くのは、当時感情が麻痺していたと理解できるようになったからだ。 「楽しい。」 という感情がなくなって笑うことがなかった。テレビを見ていて家族がケラケラ笑っているのを見て 「ここは笑う場面なんだね。」 と浮遊な感情とともに家族を見ていた。

  1ヶ月くらい前、小学生向きの落語の本を買った。読んでいて面白いところになったら自然に笑い声が出た。知り合いと電話しながら楽しいと感じると笑っている。
「そうだ、そうだったんだ。私って笑い上戸だったんだよね。」

  暫くぶりに感じる感覚だ。姑だけが私の鬱の原因では無かったが大部分を占めていたのは間違いない。昨日は秩父からの帰路で本屋で釣りバカ日誌のDVDを購入した。これで大笑いできたらなんという安い買い物だろう。今日は連れ合いが居ないので1日中 好きなことをして 羽を伸ばすんだ。昼食は何処へ行こうかな?



今朝 見たWEBの記事
母さんごめん、もう無理だ(きょうも傍聴席にいます)

  我が家もこれと同じ道を辿ったかもしれない。本当に岐路にいた。
  4年前、私が探したホームに姑を入居させることを夫に提案した。
  「姑か私かどちらかを選びなさい。姑を選ぶなら覚悟があるよ。」 
夫は、自分の胸のうちを話す人ではないので渋々か喜んでか分からないが了承したのでWEB記事のようなことにはならなかった。姑を選んだら、家事の出来ない夫と 95歳で家事は出来るもののそれこそ夫をイラつかせるだけの存在の姑と暮らすことになる。夫と姑は会話できない。私が通訳してあげたから長年暮らせた。WEBの記事は、他人事ではない。我が家の崖っぷちを振り返る記事だった。

  姑は、ホームの入居を激しく拒んだが構ってはいられなかった。私自身、そのままでは介護ストレスで寿命が尽きる予感があった。命は惜しくはないが姑に捧げるものではなくて、孫のために使いたい。姑は今も元気で100歳を迎えようとしている。
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