帰国子女と接したこと

  漢検のセミナーの案内を見て一人の少女を思い出した。

  名前は覚えていないがその表情の無い顔、生気の無い顔を今でも思い出すことが出来る。彼女は6年生の途中で転入してきた。お父さんは、医学の研究者で家族とともにヨーロッパの某国留学から帰ってきた。勤務先は埼玉県人なら知らない人はいない大病院だった。

  彼女は、週一必修クラブのバトンクラブに入ってきた。私は、バトンの回し方や振り付けを教えた。能面のような無表情で誰とも会話する事も無く淡々とバトンを練習していた。日本語が喋れないのだから無理も無い。

  卒業を間近に控えた日、担任が私の教室に来て 「話したい事があって。」という。私は何をやらかしたのだろうと一瞬身構えたものだった。

  転入生の親が卒業に当たって担任を訪問してきた。そして彼女は某国では明るくて活発でお喋りでよく笑う子だったという。日本に帰ってから いつも沈んだ表情をして笑う事もお喋りすることもなくなった。家族は心配したがどうすることも出来ず見守るしかなかった。

  それが家の中でバトンを振り回すようになって少し元気が出てきたというのである。バトンを振り回しながら笑顔で大きな声で歌うようになったのを見てどんなに家族が喜んでいるか・・・バトンを指導している先生に担任からくれぐれもお礼を伝えて欲しいとのことだった。

  学校ではつまらなそうに淡々とバトンを回していたあの子が家で楽しそうにバトンを回しているなんて信じられなかった。

  彼女は、今頃どうしているだろうか?週一回ちょっと接しただけであるが思い出に残る教え子である。今だったら都内に行けば某国語で教育してくれる学校があるのかもしれない。県南に住んで通う事もできると思う。どんなに元気で地頭の良い子でも言葉の通じない環境にいきなり放り込まれたらアイデンテティーの崩壊を起こす。

  外国に仕事で出る場合は親は子どもの環境を理解して帰国後に悲しい思いをさせないように整える必要がある。今は世界中に日本人学校があるのでそれほど心配は要らないのかもしれない。

  同僚が日本人学校に2年勤務して帰国後現地の様子を話してくれた。テレビがないので家に帰っても本を読むくらいしか娯楽がない。読書家の児童生徒が多いので学力が高く教育的な問題は殆どなくて国内よりも仕事が楽だ、と言っていた。家庭がなければ私も行きたいと思うくらい羨ましかった。
  
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